この宇宙、三千世界の本質は「学び」にあるのではないでしょうか。
私たち人類が「文明」を通して成長するだけでなく、神々の世界も他の世界との交流を通じて「学ぶ」のだと思います。
この「学び」の一環として「痛い目を見る」という経験が必要なことが多いのでしょう。
これまでの人類の歴史がそうであったように、文明の進化のためには「災い」すら重要なステップなのかもしれません。
「災い」には、天変地異だけでなく「人災」もあります。
世に悪事をもたらし、「人災」を司るのが「悪」という存在です。
「悪」は進歩を促す学びのために必要な存在であり、全体を通してみれば排除すべき「悪」ではなく、本質的には「善」の性質を持ちます。
だからこそ、神示では「悪を憎むな」と教えるのだと思います。
しかし、「学び」のために悪はいずれ乗り越えられなければならず、過去のものに変わるからこそ文明は進化していきます。
そう考えると今の「闇の世」がどう変わるのか、変わるべきなのか見えてくるはずです。
人はおそらく、自らの成長のために「痛い目」を見ることも厭わない存在なのです。