「政治の敗北」

今の世の混乱をもたらしているのは、悪人による「犯罪」ではなく「悪政」にあると言っても過言ではないでしょう。

我が国ならず世界中の国々に見られる現象ですが、「独裁国家」はもとより「民主主義」であるはずの米国ですらあの体たらくです。

 

結局「代議制民主主義」は為政者の社会階層を固定化し、今は実質的に「貴族制社会」と何ら変わりないものになっているのではないでしょうか。

かつての「貴族」だって、全く政治に関わりのない大衆からの「評判」は気になったでしょうし、世の混乱が自身の身を危うくするのに変わりはありません。

 

今の「政治するほど悪くなる社会」は、統治の仕組みとしての「政治の敗北」と捉えて良いと思います。

しかし、動乱の人類史において唯一の「落とし所」とも言える民主主義に出口がないとしたら、人類には「立つ瀬なし」という残酷な事実が襲いかかってきます。

 

ただ、現在の「代議制民主主義」の問題点は、「中央集権」の巨大化にある以上の要因はないように見えます。

 

世の「制度」を取り決める際、やはり少数の意思決定者が取りまとめる必要はあります。

ただし、この「取り決め」にまつわる利権が美味しすぎて、いつの間にか政治という「パイ」が大きくなりすぎるのが問題なのです。

 

実際に我が国も「小さな政府」と言いながら、政治家と官僚の手札は増える一方です。

誰しもここに原因があることはわかっているけれども、大衆に権力構造そのものを変える術はなく、建前としての「民主主義」を否定することはできないのです。

 

ただ、これまでの「代議制」にはトリックがあったということ、そして為政者たちがしてきた「欺瞞」が公になる時、モノは言っても何もできなかった大衆が「民主主義」を変えるタイミングは訪れるかもしれません。

 

少しニュースの裏を読んだだけで感じる「違和感」は、この可能性を現実のものとさせてくれる気がしてなりません。

私たち国民は「大衆はバカである」ことを願い信じきっている、政治を司る人々の思惑通りにならず、またさせないことが大切です。

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