現在の「米国株式市場」が変貌を遂げることによって、私はIT分野は一旦「更地」に近い状況になるのではないかと考えています。
今日のITインフラ事業を手掛ける半導体製造企業群は元より、IBMやオラクル、Adobe、またマグニフィセント7などIT基幹技術に関わる寡占企業群が、ただでは済まないと見ているからです。
これらのハイパースケーラーは、ロビイスト献金を通じて中央政権と結びつき、また世界的にそれぞれの業界基準を掌握していることから、「何をやっても許される」というスタンスを貫き、強引な事業展開をしてきた企業ばかりです。
どんな状況になっても「フォロワー(業界)」が支えるでしょうし、「重要すぎて潰せない」と世界並びに政府が判断して、自分たちの会社をカンパしてでも生き延びさせると踏んでいるから、今「何でも出来る」というような立ち振る舞いをしているのだと思います。
ただし、少なくとも公正取引法を大きく逸脱しても米国企業だけが「特権」として許されるような状況は長く続かないでしょう。
元が「大企業」ですから、事業継続が難しくなり経営の分割や譲渡が進めば、いずれにしろ現在のような「ハッチポッチ」状態の事業運営は不可能になるはずです。
つまり現在の事業形態のバランスが一度崩れてしまえば、それだけでビッグテックが維持してきた業界秩序は持続不可能となります。
業界寡占の事業を継承した企業が、これまでと同等のサービスを継続できるのか、その事業に継続性があるかは「別問題」です。
いずれにしろ、ビッグテックの凋落によりIT全体の「生態系」がバランスを失うことは、ほぼ確実でしょう。
そこから先、「デジタルの未来」は新規軸の事業体が続々と出てきて、全く新しい環境になることも十分考えられます。
ただし「デジタル」の分野は、少し優れたアプリケーションが開発されると、短期間でたちまち代替が進むような「淘汰性」の高い業態です。
「持続性」という観点から見れば、「新陳代謝」の活発な環境が常態であると言えるでしょうし、ビッグテックはこの「群雄割拠」の環境となるのを「政治力」で押さえ込んできたと言っても過言ではありません。
これからもITの分野は相応の役割を果たしていくでしょうし、寡占企業によって抑圧されていた新興企業の成長が促されれば、今よりもITが「使いやすくなる」可能性だってあります。
けれど結局、現在のように「ハイテク一本被り」の趨勢ではなくなり、「デジタルはデジタル」「アナログはアナログ」で棲み分けられ、むしろアナログで十分だった製品を無理にデジタル化することで製品寿命を「短命」にしてしまった教訓から、「アナログへの回帰」も起こると思います。
どの道「業界寡占」というのは、これだけ産業全体にとって「弊害」をもたらしうるという「事実」を人々に証明し、人類史の一つの教訓になっていくと思います。
これも「人類の歩み」と考えれば、「商業的帝国主義(Capitalism)」を乗り越えるのも、天の「カリキュラム」の一部なのかもしれません。