今「コンプライアンス」は、人々が失った「道徳観」を埋め合わせる形で、社会の維持に貢献しているのだと思います。
確かに、何でもかんでも「ルール」にしなければならない環境は、息苦しく肩身が狭い世界です。
そもそも、人の「善悪」が個人の判断を離れ、「集団」という大きな枠組みの中で「同調圧力」にするしか機能できなくなったのが問題です。
今の若い人たちは、押しつけがましい「コンプライアンス」の世界で、息苦しくても何とか順応しようと必死なのだと思います。
ただ、社会に押しつけられたとはいえ、現象面で見れば「規則正しい」行動を習慣化できているのには変わりありません。
「正しい」習慣が「何故なのか」という理由がわからなければ、これを「押しつけられている」と感じることもあるでしょう。
問題はそこであって、「正しさ」の理由がわかれば、規則正しすぎる行動様式も窮屈なだけのものではなく、実際に社会のためになる知見であることに気がつくはずです。
今の若い人たちにとって、「形から入っている」ように感じるでしょうが、気持ちだけあってやらないよりも、身についた習慣の方が役に立つこともあると思います。