日月神示にある「五つの岩戸閉じ」とは、結論から言えば「神の道」を閉ざすナラティブの氾濫が、人々の本来あるべき生き方を難しくさせていると考えられます。
それはおそらく現代で言う「無神論」であり「唯物主義」なのではないでしょうか。
この「唯物史観」を司っているのが、現文明を形作っている、あらゆる「権威」です。
そうした「神を無きもの」にして文明の頂点に立つ者たちこそ、この世界に具現化した「岩戸」なのだと思います。
ただ、そうした権力構造はあまりに巨大で強固、どうしても人間の力で動かすことが不可能とすら思えるからこそ、「九分九分九厘」と言えるのかもしれません。
こうして話の「結論」から述べると、かなり伝えやすくなった気がします。
この結論に至るまで「招神万来」は大体5000文字を要するのですが、主旨を伝えるだけなら短文形式はかなり便利です。
「招神万来」では長文で詳細を扱い、「絵語」では主旨だけ述べる、という「使い分け」によって、表現の幅が広がりそうです。