尾崎豊さんの作品に「僕が僕であるために」という曲があります。
この曲のメッセージは、普通に聴けば「自分であるために、大人との戦いで勝ち上がらなければいけない」という風に受け取れます。
けれど、私はこういう意味にも解釈できると思います。
自分であるために立ち向かうべき敵は「孤独」であり、「勝たなければならない」のは「自分自身」であるということです。
自分であるため大人や社会に反抗する以前に、まず「長いモノ」に巻かれたくなる自分の弱い心と戦わなければなりません。
勝利しても誰も褒めないような、何も得られないような戦いこそ「自分が自分であるため」の戦いであり、真の「勇気」を必要とするものです。
これこそ、日月神示にいう「戦」であり、内なる自分と向き合う「神の道」なのではないでしょうか。
この戦が「祓い清め」であり、自分をひたすら純化していく、「無」に向かっていくための試練なのです。
恐ろしいほど、ひたすら戦いに明け暮れた末に、勝ってもまるで得るものがないような道です。
ただし、この戦いを潜り抜けてこそ、本当の「自分」になることができるのだと、私は思います。