よく「神様なんていない」と言われますが、それどころか「霊など存在しない」「人間は死んだら灰になるだけ」とも言われます。
確かに、科学はおろか神様はどんな宗教者でも証明できませんし、「存在する」と言っても必ず御力を現すとも限りません。
それどころか、「わざと」お姿を隠され、御自身の存在を意図的に曖昧にしようとなさる気配すらあります。
私は、人間の「霊的成長」において、「目に見えないものが存在する」という認識に至ることが、まず「第一段階」なのだと思います。
次に「目に見えない世界がある」ことを信じられるようになり、その世界観を前提にした生き方ができるようになるのがら霊的成長の「第二段階」なのだと考えます。
「目に見えない世界」において、自分の存在のあり方を知り、さらに自分より上位の存在を意識し、「神」に近づこうとするのが「第三段階」ではないでしょうか。
この第三段階にある程度到達し、「自己」のあり方に目覚める時こそ「悟り」なのかもしれません。
だから、「神様はいないかもしれない」という状況は、霊的成長の第一段階を踏むためには、予め用意していなければならないステップなのだと思います。
誰しも「神は絶対に存在する」という前提から入ってしまえば、それだけ成長の底が浅くなってしまうからです。
こう考えると、神様はあえて「存在しないように見せている」とも言えます。
それ自体が、「神の証明」と言えるのかもしれません。