心の「大掃除」

ここ数週間は、私も「天下の大掃除」の例に漏れず、自身の心と向き合う日々が続いています。

どんな汚れでも「普段から磨いている」と思っても磨き残しはあり、少し裏側を覗けば気づかない汚れがあったりするものです。

 

磨いているつもりなのに磨けていない、磨いたようでいて磨けていなかった、こういうことは往々にしてあるものですが、ここに「我とはわからない我」があると言えます。

磨けていないのに「磨けた」と思ってしまうのも、「我とはわからない我」に騙されているからであり、実はここに深刻な汚れが隠れていたりするのです。

 

自分の腹の中を覗けば、それが自分のものとは思えないほど「黒い何か」が潜んでいることもあります。

その正体が何にせよ、自分の「気」からもたらされたものであり、それもまた正真正銘「自分の一部」なのです。

 

この「気の元」からの汚れを取り去ることこそ、真の「祓い清め」と言えます。

だからこそ、心の「裏の裏」まで掃除するつもりでないと、いつまで経っても心の掃除を終わらせることはできません。

 

これは非常に骨が折れる、掴みどころのない作業のように思えるでしょう。

しかし、大切なのは「磨き残しに気づくこと」であり、「今も磨けていないことに気づくこと」であり、第一「自分が自分に騙されていること」に気づくことで、まずそこからなのです。

 

これこそ「自分が本当に一生懸命やっている」と思うくらいに、常日頃から真剣に取り組んでいるからこそ、逆に陥りやすい「我の罠」であると言えるでしょう。

私もここで四苦八苦しながら、「三歩進んで二歩下がる」みたいな毎日を送っています。

 

けれど冷静に考えて、一歩ずつ踏まないからこそ「後戻り」してしまうのでしょう。

一足跳びに行こうとせず、地道に半歩ずつでも着実に進んでいくことが、「心」という見えないものへの、賢明な向き合い方なのかもしれません。

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