以前、本ブログの投稿で「日月神示の”十柱の神々”のうち、実際には伊弉諾命と伊奘冉命の二柱の御子神には、八柱おられるのではないか」という話をしました。
ただ、よく考察してみると、実は「二柱の御子神は撞賢木向津姫命(竜宮の乙姫)」ただ御一柱と考えた方が辻褄が合うことに気づきました。
下の図は以前、日月神示解説で使用した「五十柱(いつら)」の詳細になりますが、ここに「ア〜ワ」の頭文字で示された「十柱」が、そのまま神々の内訳と考えて良さそうです。
地上の産土神始め、鎮守の神々や人神(中津世の神々)は、厳密に言えば二柱の実子ではないかもしれません。
まず「竜宮の乙姫(天照皇大神宮神)」よりも先の長子がおられるならば、その神が権威ある座を引き継いでもおかしくありません。
おそらく「撞賢木向津姫命」を「天御中主神」の御顕現、または「転生神」と考えて間違いないと思いますが、「乙姫」とされるので「末娘」が最高権威を継承する説明には直接繋がらないのです。
日月神示では、別の箇所で「竜宮の乙姫とは玉依姫の神様の御事(水の巻・第十帖)」とあることから、日本神話では姉に当たる「豊玉姫命」は、おそらく母神の「伊奘冉命(豊雲野尊)」に比定するのが妥当です。
玉依姫命の「兄弟」とされる神々は古史古伝を合わせれば数えきれないのですが、日月神示からはっきり「撞賢木向津姫命の兄弟」と確認できる記述は、「ヒルコ神」しかなかったりします。
「五葉の巻・第一帖」では、こうあります。
「あの子を生んで、この子を産んで去ったのであるぞ、その中に一人だけ良くない子が出来た、その子には海の藻草や山の菜、野菜を食べさせてくれよ、段々良い子になるぞ」
この下りは、伊奘冉命が「黄泉の国」に渡られるきっかけが「火の神」をお産みになられたことに由来します。
この「良くない子」というのがどうも第一子の「ヒルコ神」と考えられ、上記の文脈では「獣のように肉ばかり食べている」ようにも感じ取れます。
「黄金の巻・第五十五帖」には、「臣民の身魂磨きが必要」と説く文脈で「死産の子も祀らねばならん」という言葉が登場します。
日月神示原文では、おそらく「死産」に当たる記号は「四三」であり、「ヨミ(黄泉)」とも読めるのかもしれません。
つまり「撞賢木向津姫命」よりも先の長子は「ヒルコ神」に当たると思われ、お産まれになられた時には「死産」であり、そのまま「黄泉の国」に渡られたということなのではないでしょうか。
そこでヒルコ神が「死神」となられたのなら、「悪の総大将」がどういった御存在なのか、なぜ伊奘冉命が「黄泉の国=幽界」の統治を行なっていたのかも説明がつくのです。
そうして考えると、神界の「ロイヤルファミリー」を取り巻く状況がありやかに見える気がしますが、如何でしょうか。
