小学生の頃、友達と一緒に川に釣りに行ったことがあります。
天候として魚釣りには相応しい日とは言えなかったのですが、私たちはしばらくして橋の下でおじさんに呼ばれました。
釣り人のおじさんは「大漁」だったらしく、カゴがいっぱいだから魚を持っていってくれという話でした。
友達は快く引き受けて、「魚がたくさん手に入ったから帰ろう」と言い始めました。
私は、魚釣りを楽しみに来たのであって魚が欲しかったわけではありません。
けれど、なぜか友達は「目的」を果たしたかのように満足して、みんなで魚を分け合って午前中に解散しました。
私はどうも腑に落ちなかったのですが、当時の私には何となくモヤモヤする理由がわかりませんでした。
母に魚を釣らないで帰ってきたことを正直に話す気にならなくて、「たくさん魚が釣れた」と嘘をつきました。
思えば、これが私の人生で初めてついた「大きな嘘」です。
今、自分のやり方はどうあれ「目的を達成すれば良い」と考える人がいます。
もちろん、目的を達成することは立派なのですが、当初の動機が何だったのかも大切なことです。
最終的に到達する地点は同じかもしれませんが、その途中で大事なものを見落としてしまえば、結果は同じでも全く違う「道」を歩んでしまうことになります。
今、この時代だからこそ「スタート地点」がどこであったかを思い出してみるべきなのかもしれません。