これまで、優しすぎるあまり深く傷ついたり、素直すぎるあまり悪い人に都合よく使われた人たちを沢山見てきました。
また、彼らが心に光を取り戻せないまま、苦しむ姿も見ました。
かつての自分もそうであったように、これ以上誰かを同じ目に合わせたくないのです。
かと言って、今の世を無理矢理に良くしようとしても、大抵の場合は「善意の押しつけ」にしかならないでしょう。
仮に子供たちからスマホを取り上げても、代わりになる何かを見つけてあげることすらできないからです。
「優しさ」や「正義感」が世を改める情熱になりえたとしても、かえって世を乱すことに繋がってはいけません。
大事なのは、早く世の中を変えることではなく、確実に世の中を良くしていくことです。
私は焦りのあまり、ここを見落としがちになることがあります。
神の道「一二三」の難しさは、順を乱せばかえって「悪」となり、順に従えばかなりの自制心を求められるところです。
だからこそ、常に「風」を読み、じっと耐えることが大事なのです。
誰かが煽ってきたり、周りに急かされても動じないくらいの胆力を求められるのが「一二三」です。
この苦しすぎる一本道をひたすら歩むのが、「神の道」なのだと思います。