「弥栄」の文化

メディアにしろ技術にしろ、「新しいジャンル」が誕生した時には勢いがあるものです。

 

草創期には探究心と好奇心が刺激され、新規参入者による数多の「実験」が起こり、文化の隆盛が始まります。

技術や需要が定着するとジャンルが大衆化し、経済を巻き込んだシステマチックな商業化が進行します。

ジャンルが成熟するにつれ産業構造が「固定化」され、ジャンル全体が政治的にコントロールされるようになり、文化の「退廃」が始まります。

 

こうした「文化のサイクル」について、列記とした研究はなされているでしょうが、私が思うに、現在があらゆる文化の「退廃期」と呼べるかもしれません。

 

2030年代以降の文化は、この「退廃期」からの移行から始まると思います。

私が想像するのは「中小事業者の濫立」であり、産業構造の「多極化」です。

 

既にあらゆるジャンルが成熟し、むしろ飽和状態とも言えるのですが、そこから「独自性」というアプローチにより、複雑系への進化が起こるのではないかと考えています。

 

「音楽」というジャンルは、数十個の音階と数百種類のコード進行、リズム、数えられる限りの楽器で成り立っていますが、その創作者や演者次第で「無限」に近い広がりを持っています。

音楽が決して多くはない要素から、現在でもこれだけ多彩な作品が生まれているのですから、それ以外のあらゆるジャンルは遥かに広がりを持つ可能性があるのです。

 

私は、次の時代からは「一子相伝」のような特殊技術を伴って、こうしたジャンル開拓が連綿と続くサイクルに入る気がします。

なぜなら、「オリジナリティ」の追求は独自技術に行き着き、その再現には技能継承が最適解になるからです。

 

これはどちらかと言えば「伝統芸能」に見られるサイクルであり、これこそ「永遠」の時代である、「弥栄の世」に相応しい文化のあり方ではないかと思います。

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