日月神示に言う「世の元の神々」が、「雨の神」や「風の神」など10柱の神々に加えて、「スの神」を合わせた11柱であると話をしました。
「雨の巻・第一帖」には、こうあります。
「この道は只の神信心とは根本から違うと申してあろうが、三千世界の大道だぞ、所の洗濯と身魂の洗濯と一度になる所あるぞ、「イスラ」の十二の流れの源泉みなもと分かる時来たぞ、命がけで御用つとめていると思って邪魔ばかり致しておろうがな、金や学や智では大峠越せんぞ」
もしかして、「世の元の神々」の総数11に、「イスラ」の神を加えて「12」となるのではないでしょうか。
「御三体の神」の一柱であり「竜宮の乙姫」とされる撞賢木向津姫命は、日本神話では「火之迦具土(ひのかぐつち)命」であり二柱の末弟(妹)と考えられます。
二柱からお産まれになられ、「乙姫」までの間に「7柱」の龍神がおられるとすれば、「雨の神」などの名称で呼ばれる自然神が、御三体の神々の変化なされたお姿と限定する理由もなくなります。
「撞賢木向津姫命」の御神能は、二柱の御神力を半分ずつ受け継いでいると思われます。
同じように、「荒れの神」「岩の神」「木の神」などの自然神も、二柱の御神能の一部を受け継いだ龍神と考えれば、この10柱の神々は「御三体の神」の別の定義とも、その名の通りに自然を司る龍神とも取れるのです。
「龍神の一族」の10柱に根源神の「スの神」を合わせて11柱とすれば、この地球を司る「世の元の神々」の総数とは考えられないでしょうか。
「イスラの神」が何者かと問うならば、二柱が成婚後に初めてご出産なされ、ただ「順」を違えたために不具の子としてお産まれになられた「ヒルコ神」の可能性があります。
「ヒルコ」とは「日(火)+る(接続助詞)+子」の意とすれば、一番最初にお産まれになられた長子が、天神の一族の正統後継者であってもおかしくなかったはずです。
しかし、おそらくヒルコ神は「◉」の身魂を持ってお産まれになることができず、「◯」の神であり、ゆえに「偽の神」と言えます。
この神が「幽界」の守護神とすれば、「悪神」によって世界を惹き起こされる、あらゆる出来事に説明がつきはしないでしょうか。
このイスラの神が、現「イスラエル」の守護を司ると言っている訳ではありません。
「金や学や人智」に喩えられる、「◯」の性質を極化させる力こそ「イスラの神」の御神能であり、かの神を「抱き参らせる」ことこそ、大峠の本質なのかもしれないのです。