「自己の純化」とは、「本来の自分」を取り戻すための作業です。
私はこれまで、自分に向けて「祓い清め」を行う時、大抵は「自己と他者」の分別を主軸にしていました。
ただ、最近は「煮詰まったような感覚」の中で、どうも先に進めずにいたのです。
人は誰しも「自分ではない自分」が腹の中にいて、時折顔を覗かせます。
私は数多の「自我」がどこから湧いてくるのかわからず、何とも掴みどころがないため、自分がよくわからず、それが自身への「不信感」に繋がっていました。
しかし「自己の純化」とは、自分と他者の間だけではなく「自分自身」対しても行われるべきなのです。
「よくわからない自分」と「芯としての自分」を選り分け、その分別を極める作業が、自己に対する「祓い清め」です。
本来の「自己」とは、生前死後に立ち戻る「霊人」としての自分の姿であり、それ以外の自分は「現世の記憶の集合体」でしかありません。
それゆえに、人間が生きながらにして「純粋な霊人」に戻ることこそが「自己の純化」であり、大義の「祓い清め」なのです。
そうして人間は「無」に近づくほど、本質的な姿に戻っていくのではないでしょうか。
これが行き着く先が「神心」であり、過去世で到達した本来の自分なのだと思います。