先ほど投稿した「悪魔の生まれる理由」は、何となくモヤッとした文章に感じられたかもしれません。
それは私の身の上をする訳にはいかなかったからで、詳細を書くとますます訳のわからない文章になったと思います。
あの投稿は要するに、自分の「本音」を押し殺して無かったことにした念が、心の「ゴミ箱」とも言える見えない場所で「シコリ」になってしまっていたということです。
これはわりと、誰しも心当たりがあることではないでしょうか。
「本音の自分」を出して素直に生きようとしても、様々な事情で「建前の自分」を立てねばならず、そこで折ることにした本心が「後悔」として心の奥底に溜まり続けるのです。
現実をより良く処理して生きることにしたつもりが、かえって心に背くことで曲がった心を作り出し、自分という人格は「分裂」していきます。
もしかすると、あらゆる「精神病」の発端はここにあるのかもしれません。
心の「ゴミ箱」に押し込めて無いことにしたつもりの自我が、自分にはわからないところで「別の自分」となり、本体の自分に異を唱えるのです。
これが「我とわからない我」にも関係していて、心の闇に追いやっているからこそ、暗躍する自我を顕在意識が気づけないことになるのではないでしょうか。
当然、こうした心の「カス」をゴミ箱に溜めておくべきではありませんし、できるならすぐに焼却してしまう必要のあるものです。
けれど、自分を「偽る」ことすら自覚しにくいものであるため、ゴミ箱の存在から忘れてしまうこともあります。
もしかすると、自分が無意識で自分にしてきた「借銭」を、私は今になって返済しているのかもしれません。
やはり、自分のあらゆる行いをいずれ「清算」しなければいけなくなるのが、「大峠」なのだと思います。