「月」と浄化の関係

「新月」と「満月」の節目で宇宙的テーマが切り替わり、「新月-満月-新月」と「満月-新月-満月」の中間で「最高潮」を迎えるらしいことがわかってきました。

 

「新月」は「霊的世界」に対するアプローチであり、対して「満月」は「精神世界」、似て非なる内面領域への干渉が起こります。

「満月」がフィジカルな高揚をもたらすことからも、月が満ちる時ほど天から注ぐ次元的波長は低くなるということかもしれません。

 

5月の「次元上昇キャンペーン」の折、17日新月が霊的に最高潮であったことを考えると、満月のシークエンスで霊的影響を最も強めるのが「新月」、対して新月は「満月」という物質性の高い時期に干渉のピークを迎えるのだと思います。

 

私は以前、満月を「浄化」と捉え、人々の深層意識が変化する兆候と考えていました。

その中でも「懐古主義の見直し」や「拝金主義からの離脱」など、かなり本質に近い「浄化」の波動が降りてきたはずですが、世に変化が見られないどころか、「逆行」する兆候すらあることも気になっていました。

 

これはどうも「世界線の二極化」と関係があり、「神世」の側ではそうした「促し」が強いのだけれど、「人世」ではむしろ「抵抗」という姿勢に変わり、逆に強度を高める傾向にあるのかもしれません。

それもそのはずで、全世界が天から遍く「浄化」を受け容れたら、そっくり世の仕組みが改善され「二極化」する理由はありません。

 

だからこそ、天の「浄化」に「逆張り」する流れの方が、むしろ世界を巻き込む本流と言えるのではないでしょうか。

そう考えると、神々の御意志を素直に聞き入れた「神世」の側の人々から、「浄化」に伴う変化が起きることの説明がつきます。

 

日月神示では、「上中下」の身魂に分かれることで、世の中の仕組みがわかりやすくなるとされます。

おそらく、この「上澄み」のクラスタが、神世に進む人たちなのでしょう。

 

殆どの人が「手放し」を躊躇する中、変化を受け入れる気概のある人から先に「神世」に渡り、未来の「礎」となっていくのも、道理のように思えてなりません。

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