私たちにできる事

正直、今の「日本」を取り巻く状況は非常に暗いものです。

高市政権は「根も葉もない」ような新興分野に370兆円の投資を決め、日本政府は「Society5.0」や「ムーンショット計画」など、頭が痛くなるような「日本人サイバー化プロジェクト」を推し進めています。

まさに「憂国」ならぬ、「狂国」の道へと着実に向かいつつあります。

 

これが国家的エリートの頭の中か」と思うと、本当に倒れそうになるのですが、今は致し方ありません。

むしろ、こうした暗澹たる気持ちになりそうなニュースに対して、私たちは徹底的に「理性的」であるべきなのです。

 

なぜ「悪を憎んではならぬ」、「怒りは慢心である」と神示にあるかと言えば、例えばこうした情報を目にした時に抱く「嫌悪感」、「怒り」や「憎しみ」の感情は、それぞれ分類して処理する必要があるからです。

 

「好き嫌い」という感情は、個人の趣味嗜好なので一先ずは良しとします。

しかし「怒り」は「自分が正しい」と思うがゆえの排他精神に繋がり、ゆえに「慢心」なのです。

「憎しみ」に関しては、相手を「悪」として負の念の対象にすることで、「神の一面」としての悪を否定することになるからです。

 

なぜ、「悪」は反省なく今日も増長を続けるのに、抑えつけられる側の私たちが「大人」にならなければいけないのか、腑に落ちないかもしれません。

けれど、数年後の先から「万劫末代」続く「神世」のためには、全ての悪の振り幅を網羅するような基礎が必要であり、その「礎」を担っているのが私たちであることを忘れてはなりません。

 

ここで「悪」の振る舞いに屈してしまうようでは、日本を立て直し「神世」の礎を築くことはおろか、「岩戸開き」すら覚束ないでしょう。

だからこそ、「腹が立つ」ことでも腹を立てず、「腑が煮えくり返る」ようでも腹を立てず、堪えに耐え、どこまでも「大人」でいなければならないのです。

 

それでもいつか「時節」は到来し、一気に全てが解決に向かう時は訪れるはずです。

そのことを信じ、神を信じて、ひたすら自分を磨き続ける、それこそが私たちにできる天の御用、「神業」なのです。

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