「人生は楽しんだもの勝ちだ」と、大抵の人は考えます。
そうして好きなこと、楽できることを集めて生きようとしますが、自然に「楽しいこと」よりも「苦しいこと」の方が多くなってしまうのが人生というものです。
「苦しいこと」の比重が圧倒的に高いからこそ、人生は「修行」とも言えるのです。
上手くいくことばかりではなく、失うものの方が多いからこそ、「学び」と共に人は成長していきます。
どれだけ好きなものでも、いつかは古くなって廃れていきます。
いくら情熱を注いだものでも、いつかは続けられなくなってしまいます。
心から愛している人だって、いずれは別れや「死」が訪れるでしょう。
こうした経験は、今を生きる「自分」を成長させるだけでなく、命が尽きた後の世界でも、自分のものとして残り続けます。
そうして人は、生まれ変わり死に変わり「学び」を続け、より高い「自分」になるために「修行」を続けるのです。
これが、私たちの生きる「理由」です。
だから「楽をするのが目的」というのは、本来は輪廻の目的には添わないものです。
けれど、いくら願ってもそうならないのが宇宙であるため、この試みが「叶わない」ことを知るのもまた「学び」になるのでしょう。
ただし、成長のために「苦しめばいい」ものではなく、どんな学びも「楽しむ」方が良いに決まっています。
そうして「学び」に前向きである人ほど、実は成長が早かったりします。