日月神示「雨の巻・第一帖」からです。
「この道は只の神信心とは根本から違うと申してあろうが、三千世界の大道だぞ、所の洗濯と身魂の洗濯と一度になる所あるぞ、「イスラ」の十二の流れの源泉みなもと分かる時来たぞ」
「日本ユダヤ起源説」とは、「イスラエル十二支族」の一族が日本にたどり着き、「ユダヤ教」に近い祭祀文化を「神道」として残したという文化人類学上の「仮説」です。
どうも日月神示では「日本ユダヤ起源説」を意識した、「意趣返し」のように思われる箇所がありますが、神示を読み解くと全く逆の意味合いを持つことがわかってきました。
同巻「第十五帖」からの引用です。
「ひふみがヨハネとなり、イツラとなりなって十二の流れとなるのだぞ、ムがウになるぞ、ンになるぞ、ヤとワと掘り出して十二の流れ結構だぞ、知らせてあろうがな、これ迄の考え方、やり方致すなら建て替えでは無いぞ、何もかも上中下すっかりと建て替えるのだぞ」
「イツラ」とは「五十連(いつら)」であり、「アイウエオ」の50音が揃った「いろは歌」を意味します。
「五十連」は「地の岩戸」が開かれて「大日月大神」がご顕現なされ、「建て替え」が完了した世界において成就すると思われます。
「イスラ」は、来るべき「五十連」に掛けていると言えますが、その意味は同じです。
「イスラ」の「イス」は「五十(イソ)」でもあり、「伊勢(イセ)」でもあり、これら「出雲の神々」が連なって「イツラ=イスラ」となるのです。
この「12」がどこから来るのかと言うと、「星座の巻・第十五帖」に「十二人が一人欠けて十一人となるぞ、その守護神を加えて二十二柱、二十二が富士じゃ」とあることから、12が「元つ神」の総数であることがわかります。
「地つ巻・第二十六帖」には、「十柱の御役」の神々が「その時の御用」によって変わることが述べられています。
「元つ神」の夫婦神の御役「十」と、御子神(根源神)の「天御中主神≒撞賢木向津姫命(竜宮の乙姫)」の「二」を合わせて「十二」となるのです。
結論から先に言うと、「イシヤ(石屋)」の仕組みを作り出した(方の)「イスラ」の源こそ「五十(伊勢)」の神々であり、つまり「神国(真の日本)」が起源ということになります。
ゆえに、日月神示で「イスラエル」が常に「意趣返し」的に用いられるのも、「日本の源流はユダヤではなく”神国”にあるのだ」という意味合いが強いのかもしれません。
「日本」をお造りになられた神様のお立場で考えたら、とりあえず「事実」には釘を挿しておきたくなるのもわかる気がするのですが、如何でしょうか。