欲しがりません、勝っても

神様から与えられる、あらゆる能力や物質的な援助について、人間は余すところなく自分のものと思い込み、得られる全てのものを自分の懐に入れたがるという話をしました。

 

これを「水道」に喩え、水が神から与えられる恵みとすれば、「蛇口」である自分は栓を開けるか閉じるかしかなく、人々が欲するのは「水」のみであり、水を与えた報酬を受け取る権利が蛇口にある訳ではありません。

当然、「蛇口」である自分は栓を開閉した労力を伴っているのだから、水を出した報酬は無くてはならないと考えるでしょう。

 

しかし、自分が予め製造された「蛇口」である以上は、厳密にはその身体も神の作り給いしものであり、自分のものと言える唯一のものは「身魂」しかないのです。

 

ここまで言うと反感を買ってしまいそうですが、これが「過剰」と感じてしまうくらいには、私たちはあらゆるものを自分のものと思い込み、自分のものにしようと思っている証拠です。

これを「当然」と思うからこそ、こう言われたら腹も立つでしょう。

それこそが「慢心」なのです。

 

この心根を変えるために、私はこう考えてみました。

「蛇口」であるうちは、まだ自分が何かをやっているという気持ちがあります。

それなら、「まな板の鯉」になってあらゆる調理を待つだけにしてみたらどうか、と。

 

まな板の鯉は、神の手で勝手に捌かれ、どう料理されても文句は言えず、どんな料理で出されてどう処理されるか、どう評価されるかも為すがままです。

下手すると誰にも食べられず、捨てられるかもしれません。

しかし、それでも料理を提供するのが神の意思なのですから、まな板の上の鯉は調理されるのを待つことしかできません。

 

まな板の鯉は何一つ受け取ることもなく、逆に自分の身を切って与えるだけです。

これこそ「無我」であり、奉仕精神の極致なのです。

 

私は、こう考えると「対価」を期待する心の浅ましさを深く理解できました。

対価自体も、神様が用意なされることであり、心配の対象にするべきではありません。

それくらい自分の意を削り取って、ようやく神の御旨に沿うことができるのです。

 

「水」の神様に恋をした鯉が、川を走り滝を遡り「龍」になって天に昇るとしたら、確かに伝説になるかもしれないのです。

本当の「祓い清め」

一般的に「祓い清め」とは、神主さんに大麻を振ってもらい、災厄抜除をお願いする儀式のことです。

 

日月神示の考えに基づくと、「祓い清め」とは考え方であり「区別」することによって「調和」を図ることを意味します。

神道に当てはめて説明するなら、邪気や悪霊の類を「祓う」ことは自分の正常な「気」との分離を図ることであり、己の身体から悪い気を区別し取り除くことです。

 

この時、身についていた邪気や悪霊の類を「消滅」や「殲滅」を意図して祓い清めが行われている訳ではないことが重要です。

あくまで「去ってもらう」ために行うのが祓い清めであり、身を去った霊が元の場所に戻る分には何の問題もないと考えるのです。

 

これは一種の「棲み分け」と言って良いかもしれません。

だからこそ、古来から日本人は居住地の周囲に結界を張り「聖俗」を切り分け、とりわけ陰気のある場所に注意を図ってきたのでしょう。

 

この考えは、霊の世界だけでなく「生き方」にも応用することができます。

自分は自分、他人は他人」という切り分けであり、他者の価値観や影響をそっくり自分に当てはめて考えるからこそ、「自分」を区別して考えることができなくなります。

 

良いものも悪いものも、一度自分と切り離して考えてこそ、「自分」であることの意識に繋がります。

それが「祓い清め」なのです。

今の世界を霊的に喩える

3000年続いた「闇の世」を人間社会に言い換えると、国家機構もちゃんとあるし警察機関もしっかりあるけれど、地元のマフィアが街全体を牛耳っているようなものでした。

 

そのマフィアのボスを「悪神」とか「大魔王」と言っても良いのですが、今はボスが引退してNo.2やNo.3くらいの頭目が派閥争いをしながら、シンジケートを動かして大暴れしている状況です。

 

これまで「警察」は何をしていたかというと、あまりにマフィアの権力が強すぎて、検挙どころかゴミ拾い程度の仕事しかできていなかったのです。

しかも、賄賂で寝返ったりマフィアの言い分を信じる警官もいて、住民には頼りない存在に思われていました。

 

けれど、これから新政府に変わり、新しい警視総監が就任する運びになって、国家機構の内部の新勢力が頭角を現し始めました。

その趨勢に引きずられて、有志の「自警団」がマフィアの摘発を始めたのです。

 

これからどうなるのかは、誰にもわからないでしょう。

なぜなら、その行動を起こしているのが私たちだからです。

天使の心と悪魔の心

よく漫画で「天使の心」と「悪魔の心」が戦うという描写が見られます。

 

これはフィクションでの話ではなく、実際に「天使の心」が神界に通ずる「正流」、「悪魔の心」が幽界に通ずる「外流」という霊線に繋がっています。

 

「どちらを取るか」という決断において、これまでの時代は「悪魔の心」の方が圧倒的に勝るケースが多かったのです。

これが「闇の世」たらしめる所以であり、外流の力が強すぎるために「善」はいつもおざなりになっていました。

 

しかし、ここ数ヶ月で日本人一般の「正流」が強まり、「天使の心」が状況を覆すケースが多くなったように見受けられます。

「現象」は霊的なレベルから起こるので、この変化が後の世に及ぼす影響は見過ごせないでしょう。

 

戦争が起きている国では、「外流」の霊線が強くなります。

反面、日本人が「正流」に優位性を持ち始めたことの意味は、これから決定的な違いとして現れることになると思います。

祓戸劇場「パワー!!」

お祓い漫画「HARAEDO」の「祓戸劇場」の第二弾、今回の主役は「天手力男神」こと「たぢから男の神」です。

 

たぢから先生が「パワー!!」と叫んだら、カラスが集まってきたそうです(大嘘)。

「天国」という場所

「天国」とはどういう場所か、わかるはずはないのですが、私のイメージではこういう場所だと思います。

 

天人は街で暮らしていて、仕事もありおしゃれを楽しんだり、趣味に興じたりもして、人間が思う以上に普通に暮らしている。

天人に性別はあるが、性にあまり意味はなく、友情と恋愛の境目もなく、誰と付き合うのも自由。

 

それぞれ自分がやりたいことだけをやっていて、それを生業としているのだけれど、好きにやっても結局は誰かのため、全員のためになることに結びついている。

だからあらゆる行動に無駄はなく、遊んでいるように暮らしても日々学び成長している。

 

天国に規則はなく、それぞれの人格の質が社会秩序に繋がっている。

実は、偉い人ほど奉仕的で、むしろ奉仕的であるほど偉いことになっている。

 

その中心にいるのが大神様で、周りの天人も人間から見れば神様。

神様は人間が思うより、人の価値観でものを考えない。

それは見ている世界が違うために前提が全く異なるから。

 

それでも、神様は人間を愛し人間に近づきたい気持ちすらある。

それは「人間」が神にとって全く異質の存在であり、興味の塊だから。

 

天国はこういうところだと思います。

プロパガンダ

今、メディアの形態問わずあらゆる情報には「プロパガンダ」の性質があると思います。

 

プロパガンダとは、戦時国が国民や敵国への情報戦を仕掛けるためのものだと思いがちですが、今の世では「セールストーク」や「ポジショントーク」も、それぞれの「戦略」の一手と考えると、どこでも小さい戦争が起きているのと同義です。

 

まして、世界では実際に戦争が起きており、戦争当事国は自国の利益を最大化するために「方便」を自粛することはありません。

関税や敵対的買収など「経済戦争」においても、ディールに混じって嘘情報が平然と垂れ流されるのが現実です。

 

ここで「真実を見抜く目」を欲すれば、却って自分の誤解を信じすぎる恐れに繋がります。

大事なのは、全て「半信半疑」であることだと思います。

そして、その判断が万が一間違っていた時に、逃げられるような遊びを作っておくことだと思います。

 

ただ、神様に関しては逃げ道を作らない方が良いでしょう。

人間は信用できない部分が確かにありますが、神様を信じきれなければ「信仰」にならないからです。

「大峠200年」説

日月神示「夜明けの巻」が書かれた1945年8月、リアルタイムで「天の岩戸」が開いたと考えられます。

「地(くに)の岩戸開き」が2029年とすれば、「同じことが二度繰り返される(青葉の巻)」のが84年後になります。

 

一つの「岩戸」が開き切るまでに大体80〜90年とすれば、「天の岩戸開き」が始まったのが1855〜1865年前後と考えられます。

日本の「幕末」が厳密に始まった時期とされる「ペリー来航」が1853年です。

 

天地の岩戸開きに係る期間を「約100年」とすれば、幕末期はスッポリこの中に収まることになります。

 

いわゆる「黒船来航」から日本は新体制への移行が始まり、最終的には欧米列強の一角となる道を歩むことになりました。

そして今、「アメリカ合衆国」を中心とした同盟が揺らいでいます。

 

このタイミングは一体、何を意味するのでしょうか。

日本が外国を模倣し、追随するだけの国家というアイデンティティを捨てた時、日本という「国」の岩戸が開かれる、そういう意味なのかもしれません。

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