この宇宙の本質が「学び」にあるからこそ、「悪」が引き起こす禍事を通して「改善」が促され、少しずつ文明は「弥栄」へと向かいます。
この時に「過ち」や「失敗」があることで、その教訓が次に生かされるのです。
もし、この時期に何か失敗をしたり、問題に直面して「出戻り」する羽目になったとしても、今は天から与えられた「導き」と捉えるべきだと思います。
いずれは「天地」へ引き揚げられる段階があるためで、その前に自らを省みる機会を得ることは、それだけで幸運なことだったかもしれないのです。
私も、これまで何度か失敗し「炎上」したこともありますが、やらかしたからと言って命まで取られることはありませんし、何事もなかったかのように明日はやってきます。
だからこそ、人生に「やり直し」は付きものであり、痛い目を見た数だけ人は成長するものです。
自分が「悪の御用」を立派に果たしてしまったとしても、それ自体が予め許されているものであり、それがあるからこそ人は「改善」に向かうことができます。
失敗した時は本当に情けなく、とてつもない「恥」を抱えて生きるのもしんどいものですが、これこそ良い「成長」の機会だったりするのではないでしょうか。
むしろ今は、少しやらかしただけで「鬼の首」を取るような風潮があり、とても失敗できる雰囲気ではないことの方が問題です。
社会的にも経済的にも倫理的にも「遊び」がない世の中だからこそ、誰もが失敗を恐れて挑戦する気も起こりません。
私は、これが今の世に「停滞感」を与える最たる要因なのではないかと思います。
もし日本に再び活気を取り戻せるとしたら、そうした「余裕」を作り出すことにあるのではないでしょうか。
「失敗して良い雰囲気」があるからこそ、「しくじり」の後に「成長」という良いサイクルが生まれ、社会が「弥栄」に向かうのだと思うからです。