「HITSUKU」について

私が別名義で運営している、日月神示をまとめたサイト「HITSUKU」ですが、だいぶ更新がご無沙汰になっていました。

「招神万来」では、かなり突っ込んだ部分まで踏み込んでいましたが、解説サイトの方では甘噛みに留まっています。

 

最近、日月神示を読んでいて「解釈不能」と感じる部分がかなり減ってきました。

そのため、そろそろHITSUKUの方で予告していた「用語集」なるものに取り組んでみようと思っています。

 

また、「撞賢木向津姫命」や「十柱の神々」などの解説も、よりまとまった内容で移植したいと考えています。

今、世を見通す上で重要度を増す「日月神示」の周知のために、ますます貢献することの大切さを感じます。

日月神示を簡潔に述べる

天地の大峠の「トリ」は、現界の「地の岩戸開き」をもって伊弉諾命が「別の天御中主神」の称号を頂き、名目共に天地並びに三千世界を司る大神(大日月地大神)となられることが、日月神示に述べられています。

 

今、私たちはこの世界があまりに強固な権威によって形成されていて、まるでビクともしないように感じてしまいます。

しかし、たかだか人間が知恵を凝らして数十年で作った程度のものであり、宇宙のごく一部に過ぎない地上の仕組みなど、神々から見れば塵に等しいでしょう。

 

要するに、天地を自在に構う大神にして見れば、人間から見た「絶対」は小手先程度のものです。

まして「嘘の世」「闇の世」の仕組みは、片鱗すら残らなくても無理はないでしょう。

 

こう考えると「ミロクの世」が開けた世界が、どれほど現在と交わらない世となりうるのか、想像できるかもしれません。

 

「一厘の仕組み」とは、神界に先立つ「霊主体従」の法則に則ったものと考えられます。

「一厘」とは、「奥山」の霊的社会のあり方が現世に広がっていくことであり、それが一気に波及する契機を「地の岩戸開き」と呼ぶのだと思います。

 

これを実現するには、伊弉諾命こと「天之日月神」が神懸かれる七人の身魂が必要です。

おそらく、七神人をそれぞれ動かして「実地」に仕掛けを行う必要があり、そのために「神懸かれる身魂を作れ」と神示で口酸っぱく仰られているのではないでしょうか。

 

もちろん、そんな豪胆な行動を起こす人間は、確かに人々の記憶に残るでしょう。

これが「万劫末代名が残る」ことの意味なのかもしれません。

トップイラスト・ラフ

創作専用サイト「HARAEDO」の、新しいカバーイラストの下描きです。

 

 

今、並行してアナログの練習もしています。

「HARAEDO」本編(ストーリー漫画)はアナログ原稿で進めたいという気持ちもありますが、実際どうなるかはわかりません。

 

画材についても研究していて、「ガラスペン」の使い勝手が一番性に合っている気がします。

Gペンや丸ペンは、筆圧が強すぎてすぐダメにしてしまうのですが、ガラスペンはなかなかタフで良いです。

ビジネスの自立性

どんな業態であれ、特定の企業の技術に業界全体が依存するようでは、産業として持続可能ではありません。

寡占企業一社が突如方針を変えたり、組織として腐敗してしまえば、業界全体が揺らぐことになるからです。

 

現在、こうした業態はあらゆる分野に散見されます。

「レガシー」的企業が巨大化し、流通に対する寡占性を強めるほど業界全体のリスク機能は低下します。

 

ただ「大きいほど潰れる可能性は低い」と考え、「寄らば大樹の陰」と寡占企業への依存を強めるほど、そのリスクは増大してしまうのです。

だからこそ、業界全体に対する多様性は重要であり、あらゆる代替を可能にするサプライチェーンも必須です。

 

これからの時代は、ますます「不確実性」が高まっていくでしょう。

大小問わず、「残るものは残る、残らないものは残らない」という時代に入っていくはずです。

 

そんな中、自分の商売を永年続けていくためには、なるべく「依存性」の低いエコシステムを採用していくべきだと思います。

 

例えば、「漫画」はプロ仕様の画材をきちんと揃えることもそうですし、かなり外部要因で制作環境が左右されます。

技術への依存度を低め、商売の柔軟性を高めるためにはあらゆる状況でも自分の制作環境を再構築できるようになるのが理想です。

 

私が色々と試作を始めたのには、そういう理由があるからです。

「ノウハウ」や代替手段の蓄積など、こうした視点はすぐに効果は見えないでしょうが、先に行くほど差が出てくると思っています。

電光ホワイトボードVer.2

昨日、段ボールと100均のプラ板で自作した「電光ホワイトボード」ですが、本日バージョン2が完成し、使用に耐えうることを確認しました。

 

 

再度100均ショップに走って購入したのは、「A4段ボール・A4BOX引き出し」です。

段ボール内側にアルミホイルを敷き、昨日使用したスタンド証明を逆さに取り付け、A4の引き出しを裏側にして被せました。

 

前回、フォトフレームにプラ板を挟んだ程度では筆圧に耐えられなかったので、トレーの上に白のプラ板を貼りました。

これに丁度、通販で届いた「透明ホワイトボードシート」を貼り付けたら完成です。

 

照明とアルミホイル以外に購入したもの合わせて、1000円以内に収まっています。

 

 

そこで試しに描いてみた「せおりつ姫」です。

筆圧を乗せられるようになったので、だいぶ捗りました。

 

カスも出ずに簡単に消せるので、原稿の下描きに重宝しそうです。

難点を言うなら、B5サイズ以上の原稿に使うのは難しいことくらいでしょうか。

自作電光ホワイトボード

常日頃から「そろそろデジタルはな〜」と思っているのですが、いかんせんアナログでの弱さがネックになり、見通しが立たない状態でした。

 

私はアナログよりデジタル作画歴の方が長いので、直描きでは「アンドゥ」ができないもどかしさを常に感じていました。

というか、形を修正するたびに消しカスが出る上に原稿も痛んでしまうので、私にとってデジタルの扱いやすさはアナログの利点を打ち消すものでした。

 

 

ホワイトボードみたいに、描いたり消したりしやすい描画環境は再現できないものか」と考えているうち、そう言えば最近「自作トレス台」について調べていたのを思い出して、バックライトに照らしてホワイトボードに絵を描けないかと思いつき、早速100均ショップに足を運びました。

 

そこで購入したのは、「B5アクリルボード、B5フォトフレーム、ホワイトボードマーカー」です。

段ボールの内側にアルミホイルを取り付け、照明用のライトを底に貼りつけてフレームを載せて、それなりにお絵かきできるようになりました。

 

当初、アクリルボードにマーカーで絵を描いていたのですが跡が残り、仕方なくフォトフレームの透明板に絵を描いてみたところ、書き味はともかくとして、きちんと消せることに気づきました。

 

そこで、試しに「せおりつ姫」を描いてみました。

さすが直描きは私の絵のクセがもろに出て恥ずかしいのですが、このまま消すのも勿体ないのでアップすることにします。

「元には戻らない」

世界情勢と米国経済を俯瞰しながら、日本国内の現状も併せて論評する記事を「招神万来」に投稿しました。

 

元には戻らない

 

スピリチュアルな話に関しては、テーマが散逸しそうだったので早足になった感が否めませんが、米国を取り巻く現状についてはきちんと扱うことができたと思います。

今回、踏み込んだ解説はデータが不足しているため見送ったので、後日機会があれば扱いたいところです。

 

よろしければ、どうぞご一覧下さい。

「天国」と「地獄」の戦い

今、世が騒然としている最中、もしかしたらGWでのんびり遊んでいて良いのか、自分だけ「平和」を志向してよいのかとか疑う気持ちが起こるかもしれません。

しかし、いくら「原因」を批判して追求することが社会的に正しいと思えても、自分にできることとできないこと、やるべきこととやらなくて良いことは分けて考える必要があります

 

日月神示「天つ巻・第四帖」には「砂糖にたかる蟻となるなよ、ぶち壊し出来ても、建て直し分かるまいがな」とあります。

「ぶち壊し=建て壊し」はどうすれば良いのか、それは小学生でも考えればわかります。

 

ぶち壊しの方法がわかるにしても、ぶち壊した後に風通しの良い時代が訪れるとは限りません。

本当に大事なのは、「ぶち壊し」が起こった後に世を「立て直す」ことにあるのですが、なぜか人はここに思い至らないものです。

 

これまで、世を「ぶち壊し」の上にぶち壊しを重ね、その「代え」もぶち壊して、良い時代になったでしょうか。

いや、ますます世の中は混迷し、露悪的になっていく一方です。

 

私たちがするべきなのは、「悪」を滅ぼすために地獄に向けて一斉に進軍することではありません。

むしろ「天国」を造り、「地獄」ではない別の世界にしていくことにあり、それこそが神の道におこる「戦」、大和の仕組み祓い清め」です。

 

ここで喧々諤々の議論の中に加わることが、必ずしも「世直し」の全てではないと私は思います。

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